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NHKドラマ『テミスの不確かな法廷』第3話レビュー|正義と共感が交錯する松山ケンイチの名演

NHKドラマ

2026年1月20日に放送されたNHKドラマ『テミスの不確かな法廷』第3話。
回を重ねるごとに深まる人間描写と、静かな中に潜む緊張感が視聴者を惹きつけてやまない。主演の松山ケンイチが演じる裁判官・安堂清春の姿は、法の世界に生きる人間の“脆さと強さ”を見事に体現していた。第3話は、法廷という場を越えて「正義とは何か」「人を裁くとはどういうことか」という問いを、静かに突きつけてくる重厚な一編となった。

八御見運送の事故が映す、社会の構造的な歪み

第3話の中心となるのは、運送会社・八御見運送で起きた業務中の死亡事故。過重労働が原因でドライバーが命を落とし、その娘・四宮絵里(伊東蒼)が会社を相手取って訴訟を起こすというストーリーだ。
この裁判を通して浮かび上がるのは、単なる労働問題ではなく、「個人の努力では抗えない社会の構造的な問題」である。会社側の弁護人は「本人の責任」を強調するが、穂積弁護士(山本未來)は“企業が人間を使い捨てにする仕組み”に切り込む。

この構図が現代社会のリアリティを突いており、見ている側にも痛みを伴う。誰が悪いのかを単純に断定できない現実が、法廷の中で生々しく浮かび上がる。

松山ケンイチの繊細な演技が導く「静かな共感」

主人公・安堂清春は、自閉スペクトラム症や注意欠如特性を持つ裁判官。
論理的でありながら、他人の感情を読み取ることが苦手という特性を抱えている。第3話では、その“特性”が裁判の判断に影響を与えてしまい、安堂自身が深く揺らぐ場面が描かれる。

松山ケンイチは、そんな安堂の葛藤を実に丁寧に演じていた。
過度な表情の起伏を排し、視線の動きやわずかな間(ま)だけで感情を表現する。
この“静かな演技”が、ドラマ全体に独特の緊張感を生み出している。
裁判官という立場でありながら、彼もまた「人間」であることが、セリフの少ないシーンほど強く伝わってくる。

裁判官である前に、一人の人間としての葛藤

今回のエピソードで印象的なのは、安堂が「自分の特性が裁判の公平性を損ねるのではないか」と悩む姿だ。
合理的な判断を重ねようとするほど、感情を切り離せない。
その矛盾こそが“人が裁く”という行為の本質であり、本作の核心でもある。

安堂は、他人の気持ちを完全には理解できない自分を責める。
しかし、だからこそ彼の下す判決には“誠実さ”がある。
人間の弱さを知る者が、人を裁く責任をどう受け止めるのか。
その姿を通して、視聴者もまた自分の中の正義を問い直すことになる。

松山ケンイチの演技は、この複雑な心理を繊細な呼吸と表情で伝え、法廷ドラマという枠を超えた“人間ドラマ”として昇華している。

支える共演陣の演技が際立つ

山本未來演じる穂積弁護士は、第3話で特に存在感を放っていた。
冷静な弁護の裏に、依頼人への共感が垣間見える演技は見事だ。
また、遠藤憲一演じる門倉裁判長の一言一言には重みがあり、安堂の葛藤を見守るような温かさもある。

伊東蒼の演技も圧巻だった。父を失った悲しみと、社会に立ち向かう強さ。その両方を抱えた少女の姿に、多くの視聴者が胸を打たれたに違いない。
登場人物一人ひとりが、法廷の中で“自分なりの正義”を抱えているのがこの作品の魅力だ。

テーマ「普通」と「正義」のあいだにあるもの

『テミスの不確かな法廷』の根底に流れるテーマは、“普通とは何か”だ。
安堂は「自分は普通ではない」と感じながらも、真剣に“正しい判断”を下そうとする。
だが、第3話ではその「普通」という概念自体が揺らぐ。
人は皆それぞれ違い、完璧に“公平”な裁きなど存在しない。
それでも、誰かの痛みに寄り添おうとすることこそが、真の正義なのではないか——そんなメッセージが静かに伝わってくる。

裁判官が人間である以上、判決には常に“揺らぎ”がある。
この作品はその不確かさを否定せず、むしろ「人間であることの美しさ」として描いている点が秀逸だ。

SNSの反響と視聴者の共感

放送直後、SNSでは「松山ケンイチの演技が胸を打つ」「静かな緊張感がたまらない」といった感想が多く見られた。
一方で「展開が静かすぎる」と感じる視聴者もおり、作品のトーンに賛否が分かれる面もある。
しかし、そうした意見の違いこそが、このドラマの深みを物語っている。
派手な演出ではなく、沈黙と視線のやり取りで感情を描くスタイルは、近年のNHKドラマの中でも特に成熟した演出といえるだろう。

第3話を終えて──“不確かだからこそ、人は正義を探す”

第3話は、法廷という限定された空間の中で、登場人物たちがそれぞれの立場から“正義”を模索する姿を描き切った。
その過程で、視聴者もまた自分自身の価値観を見つめ直すことになる。
正義とは何か、普通とは誰の基準なのか——
その答えを簡単に提示しないところが、このドラマの誠実さだ。

松山ケンイチの演技が、安堂という人物の“生きづらさ”を決して悲観ではなく希望として描いているのが印象的だ。
不確かさを抱えながらも、真っすぐに人を見つめようとする姿勢に、深い共感を覚える。
第3話を見終えたあと、胸の中に残るのは静かな感動と、少しの希望。
それこそが、『テミスの不確かな法廷』が描こうとする“人間らしい正義”なのだろう。

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